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先日、希学園で配ってもらった対談録を読んでいたら、ある共学校の校長先生が、高校三年生くらいになると女子は男子を上手に立てます、委員長はやっぱり男の子にやってもらおうとか、頼りがいのある男子をあてにしたりして、上手に気遣いができるようになっていきます、といったコメントをされていました。Xでも少し話題になっていたのですが、これを読んで、うーんとひっかかってしまったんです。
というのも、それこそが、私が子どもに教育を受けて力をつけてほしいと思う理由だからなんです。そんな時代遅れのジェンダーロールを気にして、年上の男性の希望に忖度するような女性になってほしくないし、逆に、誰かに忖度させるような男性にもなってほしくない。というのが、私の気持ちでした。
うまく転がしているだけ、という反応にも
このコメントについては、いや女子は受験に集中したいだけとか、委員長なんて面倒でやりたくないから、うまく男子を転がしているだけじゃないですか、という反応も結構ありました。でも、私はまさにそれが嫌だと感じたんですよね。
私たちの時代から、女性は一歩引いて、男性を立てて、うまく使いましょう、それこそが賢くて良い女子ですよ、という歪んだジェンダー像がずっと提示されてきました。私はそこに、はっきりとノーと言いたいんです。個人として、体力がないからあまり委員長はやりたくないとか、受験に集中したいから、やってくれそうな人に気持ちよく引き受けてもらえるような言い方をする、というのは立ち回りとして全然ありだと思います。でも、そこに男の子だからとか、女の子はやっぱり男の子を立てて、というジェンダーロールを入れてしまうのは、本当に良くないと思うんです。
次の世代に渡したくないもの
なぜかというと、そこでジェンダーロールを入れてしまうと、たとえばこの先、女性はなんだかんだ言って育児に専念したいんでしょう、だから管理職になんてなりたくないんでしょう、というところまでつながっていってしまう気がするからです。そういう人もいるかもしれませんが、そうじゃない人だって山のようにいます。
ジェンダーギャップに、私たちの上の世代はものすごく苦しんできて、それでも声を上げ続けて、少しずつ変えてきてくれました。おかげで私も、子どもを持ちながらキャリアを続けていけるくらいにはなりました。それでもやっぱりいろんなことが大変で、ちゃんと声を上げ続けています。この過去の負の遺産というか、時代遅れのジェンダーギャップみたいなものは、次の世代には絶対に渡さないようにしなきゃいけないと思っているんです。
学校ごとの違いの大きさ
だから、この校長先生の発言はすごくショッキングでした。希学園の企画で対談するくらいの学校ですし、超上位校というわけではないけれど、そこそこ人気の学校だと聞いていたので、それでこれか、という衝撃だったんです。この学校は受けないと思いますが、ほかの学校も、先生方の考えをちゃんと聞かないと怖いなと思いました。
どんなに令和に生きていても、中高時代ってすごく多感ですし、自分の中でのジェンダー観みたいなものができていく時期だと思います。その時期に、先生方や、その影響を受けた上級生や周りの人たちが、そんな時代遅れのジェンダー像を提示していたら、絶対に影響を受けてしまうと思うんです。しかもそれって、根が結構深くて、ずっと消えなかったりするから、絶対に嫌だなと思いました。
中学受験というと、最初はとにかく勉強を頑張らせて、どこかでそれを楽しんでくれたらいいなと思っていました。学力を上げて、本人が行きたくて、周りも同じくらいの賢さで、みんな勉強や知性に対するリスペクトがある、そんな環境に行ってくれたらいいな、くらいに考えていたんです。
でも、特に私立に行くのだったら、先生方はずっと変わらないわけで、どういう校風のところに行くかという、学校ごとの違いがすごく大きいんだなと、改めて思ったのでした。
